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 30分ほど歩いていると、街並みが突如として中華風に変わった。
 よく見ると建物だけではなく、そこにいる人間も中華風になっている。ここはバンコクの中華街なのだ。
中華風

 屋台を覗いてみると、バンコクの町によくあった謎の爬虫類系生物の干物の代わりに、謎の首無し鳥類の干物がぶら下がっている。基本的に謎だらけである。

 6人で食事ができ、なおかつ安そうな店を直感で選ぶ。
 それにしてもマチ子(仮名)ちゃんがワイルドな女で助かった。ひたすら安くて汚いところでも文句を言わないからな。そもそもキレイな店なんて存在しないが

 この日食事をした店はいわゆる日本の中華料理屋とは雰囲気が違っていた。
 どの料理も油が多めに使われており、ナンプラーの香りが強く漂っていて、シンハービールにあって実にウマイ。


 全員が満腹になる頃には、日はすっかり落ちて道を色とりどりの照明が照らしていた。店を出た我々はカオサンへ向けて歩き出す。
 マチ子(仮名)ちゃんをゲストハウスまで送るのである。別れのときが近付いている。


 世界中のバックパッカーがごった返すカオサンの道を抜ける。
 「バックパッカーあるところに薬あり」と言われているように(言われてません)、道の両端には妙に輝く目をしたジャンキーたちが叫んだり、笑ったり、虚空を見つめたりして、とにかく好き放題に歩き、倒れ、生きている。
 頭の中を今日の出来事が素早く通り過ぎていった。

 マチ子(仮名)ちゃんを見つめるGの真剣な横顔。
 渡し舟で浮かれているGのバカヅラ。
 似合わない帽子を買ったGのアホヅラ。

 なんかGのことしか頭に浮かんでこない。まさか私、アイツのことが…
 乙女路線を突っ走っていたら、いつの間にか昼食をとったあのゲストハウスについていた。


 「それじゃ、みんなありがと」
 「おう、元気でな」

 挨拶も短く、ただ静かに当然のことのように別れる。
 そう、当然のことだ。偶然に目的地が同じだったから一緒に行動しただけで、そこに着いてしまえば別れてそれぞれの旅を続ける。極めて当然のことだった。
 それでも、Gの目に浮かんでいた涙を誰が笑うことができるだろうか。










 なんてラブコメの最終巻みたいな展開を許すはずも無く、ホテルに戻った我々はやや落ち着き無く身支度を済ませ、夜の街へ再び繰り出した。
 ここからは女子供の立ち入れない男の世界である。バンコクの闇はただただ濃い。


男の世界

男の世界2

 ここはパッポン通り。バンコクの歓楽街である。
 昼間に来ても何も無いくせに、夜になると通りの上は無数の露天に埋め尽くされ、両端にあるバーは怪しげなネオンを灯らせる。
 露店で売っているものは、偽ブランドの服や時計、バッグ、海賊版のDVD、ナイフなどである。法も秩序もあったものではない。もう大好き

 タイの物は全て安いと思われているが、この通りは別である。似非ブランドのTシャツを買おうとしたら、日本と変わらない3000円ほどの値段を提示してきた。
 しかしここで怯んではいけない。今こそ日本の英語教育の真髄を見せるときである。伊達に6年以上も学んでいない。

 「とぅえくすぺーんしぶ!あいむべりべりぷあー!」
 「ン~(電卓に値下げした値段を入力している)」
 おかしいな、通じたよ
 どうやら偏差値47くらいでも海外では通用するらしい。いらないじゃん、NOVA。

 しかも電卓に表示されている値段は最初の半額である。このババア、いくら吹っかけてんだ。O野と協力してさらなる値切りを開始する。

 「ひーいずべりーすとぅーぴっどぼーい!そーもあちーぷ!
 「おい!誰がすとぅーぴっどだコラ!」
 「ン~(電卓に値下げした値段を入力している)」
 「お前も下げんな!」

 なんだかんだで500円くらいまで下がってしまった。
 ヘタすりゃまだまだ下がりそうだが、面倒くさいので妥協する。それにしてもどれだけぼってるんだ。昨日のツアーの最後にデパートに行ったような人たちが提示額で買うんだろうか。


 滅茶苦茶な値下げ交渉をしている一方で、千明たちも面白いことになっていたらしい。
 なんでも、道の端を歩いていた千明が突然キレイなお姉さんに腕を組まれたそうだ。そのときの千明の表情は、普段のアルカイックスマイルもどこへやらの、見ている方も幸せになれそうな至福の表情であったという。
 しかし、数秒遅れでお姉さんの正体がキレイなお兄さんであることが発覚。千明の顔は喜びから憤怒、やがて苦悩へと国宝阿修羅像のごとく変貌していったそうだ。


 一時間ほどぶらついた後、さすがに疲れ果てた我々はホテルへ戻った。
 Gが言うには明日は遠出するらしい。なんにせよ早く寝てしまおう。

 瞼を閉じると再び今日の出来事が頭の中を通り過ぎていった。
 ふと耳を澄ますと、Gのベッドからはすすり泣くような声が聞こえた。

 ((僕は、生まれて初めて、人の心が潰れる音を聴いたんだ))
 隣のベッドにいるO野と再度脳内を真山化させようと思ったが、このノリは疲れるからもういいや



さらば
 じゃあな、マチ子(仮名)ちゃん。レイプされんなよ
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